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後編:第4章「お二人の人生観2」

: あの、なんていうんだろう、最初オーボエを始めたころは、極めることができるんじゃないかっていう風に思っていたのよ。
で最終的には、『自分は何でもできるよ』っていうような、完全なドン詰まりの壁のところまで、「ガー」っていけるんだろうなと、何も疑わずに考えていたんだけど、そうじゃないとわかった途端、つき物が落ちたように、『あ、やめよ』って思った。

じゃあ、自分がそこで全てに挫折したのかと言うとそうじゃなくて、行ってるつもりなのよね。
そこに行って行き着くと、その壁がいつの間にか次の瞬間には、とんでもなく遠くに、もっと向こうにいっちゃう。
絶対あそこまで行けば今度は終わりだろうな、一番いいところにいけるんだろうなと思って、自分が最終的に、吹くことってこんなに良いことを表せたんだと思うと、またそれが遠のく、これはいたちごっこだなと、永遠に。

現実的に自分の欲っていうのが『これは限りないな』と理解できて、これはオーボエを他方向にもっといっぱい広げて、演奏会のプロデュースもするし、曲書くこともするし、作曲もするし、自分で指揮もするし、そういうような、パーソナリティでもっと音楽を紹介したり、いろんな切り口で音楽とともに、上手に付き合っていけるようにやっていきたい。

結局、思いっきりやって『自分はできるよ』と発散しておくと、こういうことを任せてみようかなっていう人が出てきてくれて、僕に新しいテーマを与えてくれるかなと思うこともひとつなんだよ。
じゃあ僕は一生涯冒険し続けると、『それしかねえかな』っていうような気になってて、それがダメになったらそれはそれで執着しない。

だって、自分のやったことさえ忘れちゃう人にもしなったら、何のために、って思うの。
そうすると一番大事なのは、やっていること。
結果的にはみんな似たようなこと、五十歩百歩になるなんて気もしなくもない。
だとしたら、やっていることに充実した方が一番大事なんだろうし、それを自分で、それに向かっているときに、『やるぞー』ってなっているときの気持ちが人生の中で一番大事なのかなーって思ったりするのよ。



: そうだと思う。 生きてる証拠ですよ。 これはこういう意味だったのかと再確認することもあるだろうし、生きてる証拠だし、一方で落ち着きたいという気持ちもあると言ったけど、けして落ち着かないと思う。 それで、落ち着くっていうことのかわりに、執着しなくなった。

: それは苦しんだよ。

: それは苦しいし、そんなに苦労してる割に相手は喜んでくれない。
そういう捉われがなくなってより自由になったっていうのはいいんじゃないですか。
そういう生き方ってとても素晴らしいと思う

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